※このページは、やや専門家向けの話になっています。医療者やマスコミの人など詳しく知りたい人向けです。
古来より、妊娠出産は、人生の最高の瞬間であるとともに、女性の命を奪うこともあるリスキーなイベントでもありました。現代であっても、安全な人工妊娠中絶ができることは、安全な妊娠出産ができることと同じくらい、女性の健康を守るために大事なこととされています。
もちろん、女性/男性ともに、中絶という選択肢をとらなくて良いように、普段から確実な避妊をすることをお願いします。日本で使える確実な避妊法は、ピル、または、ミレーナです。ちなみに、世界では他にも様々な避妊方法があります。いろんな避妊法が、もっと安く、もっとアクセスしやすくなって欲しいと思っています。
週数による人工妊娠中絶方法の違い
人工妊娠中絶は、週数によってやり方が変わります。(ここでは日本での話です)
初期の妊娠12週未満は日帰りの手術
中期の12週から22週未満は子宮収縮剤を使用して分娩による人工妊娠中絶
そして22週以降は、日本ではどんな理由があろうとも人工妊娠中絶はできません。
初期人工妊娠中絶:妊娠12週未満の人工妊娠中絶。基本的に日帰り手術で行われています。今後は妊娠9週までの人工妊娠中絶に対しては、経口中絶薬が認可される可能性が高くなっています。(2023年2月現在)
なお、経口中絶薬と緊急避妊薬を混同している人がいますが、全く違うものです。
中期人工妊娠中絶:妊娠12週以降、22週未満までの人工妊娠中絶。基本的に子宮収縮剤による陣痛誘発によって人工妊娠中絶を行う。2-3泊の入院と役所への死産届けが必要
今回は初期の人工妊娠中絶についてのみ書いていきます。
初期の人工妊娠中絶の手術方法
初期の人工妊娠中絶の手術法は大きく3種類に分類されます。これらと別に、経口中絶薬があります。
※この項での図は、「第162回 日本産婦人科医会記者懇談会2022年4月13日」で使用されたスライドを改変しています。元のスライドは以下を参照してください。
https://www.jaog.or.jp/wp/wp-content/uploads/2022/05/20220413_1.pdf
- 手動吸引法(MVA)
- 電動吸引法(EVA)
- 掻爬法(D&C)
どの方法も、腟と子宮口を通して、子宮の中にある妊娠組織を体の外に取り出すことで妊娠を終了させます。
したがって、手術前と手術中に腟からの操作によって子宮口を拡大させて子宮内に到達するという部分は同じ。
子宮内から組織を取り出す方法が違います。
1.手動吸引法(MVA)
開大させた子宮口から子宮の中にプラスチック製の管を子宮の中に挿入して、その管の先に大きな注射器をくっつけて、注射器の陰圧によって子宮内の組織を吸引します。
管と注射器は使い捨てなので、ゴミがたくさん出ることと、使い捨ての器具の購入費用が必要なため、コストが高くなります。
2.電動吸引法(EVA)
開大させた子宮口から金属製の管を子宮の中に挿入して、吸引器(真空ポンプ)の陰圧を使って子宮内の組織を吸引します。
管は金属製なので、洗って滅菌して繰り返して使用できます。吸引器が大きくて少し場所が必要なことと、再使用するために器具を洗って滅菌する必要があります。
3.掻爬法
開大させた子宮口から子宮の中に胎盤鉗子という大きなピンセットのようなものを子宮の中に挿入して妊娠組織をつかんで、その6-7割くらいを引っ張り出します。
その後に、残りの妊娠組織を取り出すために耳かきを大きくしたような金属製のさじを子宮口から挿入して、残った組織を引っ掻いて(掻爬して)取り出します。使用した器具は洗浄して滅菌をすることで再使用します。
手術法の違いと選択について
2010年頃までは掻爬法が多く使われていました。2012年の調査では、人工妊娠中絶を行っている施設において、吸引法単独は2割程度、吸引法+掻爬法が5割、掻爬法単独が3割でした。
掻爬法が多かった理由として個人的に考えているのは、
1.掻爬法をずっとやっている医師が多かった、
2.吸引法には新たに器具などを購入する必要があり、追加のコストを負担する必要があった、
3.吸引法をやったことがない医師が多かった
これらのために手術法を変更することのリスクのほうが高いと考えられていた、ということです。
ちなみに、私が最初に研修をした病院は電動吸引法を使っていたため、私個人は最初からから吸引法を行っていました。吸引の後に軽く掻爬することもありました。
2018年の診療報酬改定を期に手動吸引法が急増
しかし、2018年に「流産手術」に対しての保険点数の変更がありました。手動吸引法に対して健康保険から支払われる費用が引き上げられたのです。これによって、「流産手術の場合には」手動吸引法を行っても、病院の持ち出しにならない状況になったため、手動吸引法の器具を購入する施設が急増しました。
結果として、手動吸引法に慣れた医師が増えたために、人工妊娠中絶手術の時にも手動吸引法を使う施設が増加したと考えています。いくら新しい方法ができたとしても、慣れてない方法を使うとリスクが高くなるために、掻爬法から吸引法に変更する医師は多くなかったのですが、診療報酬の変更がきっかけになって、このような流れになったと思っています。
その結果として、2019年には人工妊娠中絶手術に対して、吸引法単独で人工妊娠中絶を行っている診療所は24%、吸引法+掻爬法が32%、掻爬法単独が28%でした。
吸引法+掻爬法というのは、ほとんど吸引で組織を取りだした後で、組織が残ってないかを確認するために、軽く掻爬を行うものであり、ほとんど吸引法と言っても良いのではないかと思っています。ただし、力の入れ方とか回数とかは医師によって様々なので、簡単に〇〇法とひとくくりには言えないのが難しいところです。吸引法なら体に優しくて、掻爬法なら体への負担が大きいとは、現場の医師なら簡単には言えないと思います。
人工妊娠中絶手術の合併症について
人工妊娠中絶手術の合併症についても触れる必要があります。問題になる合併症は、再手術が必要になる遺残と、大量出血と、子宮穿孔・損傷の3つがほとんどです。
合併症が起こると、それに対しての治療が必要になります。
吸引法、掻爬法、それぞれについて起こしやすい合併症があり、かつ、それぞれの医師の細かいやり方や技量によっても、違いがあります。単純に比較するのは難しいです。
また、海外との比較も簡単ではありません。米国や英国では経腟超音波をほとんど行いません。そのため、様々な子宮や卵巣の病気を見逃す確率が高くなっています。
さまざまなことを見逃すことを許容する代わりに、腟からの診察という不快感を患者に与えないという考え方をとっています。その結果として、米国での合併症の頻度は、日本におけるものよりも高く、2~3倍程度あります。吸引法だからといって安全というわけではないことがわかります。
遺残(取り残し)
→妊娠組織の一部が残ってしまっている状況です。通常は多少の遺残があっても、子宮収縮剤の内服をすることで数週間以内に排出されます。外来で2週間毎程度の間隔でフォローして、それでも排出されない場合は入院して再手術になります。後述の「穿孔・損傷」との兼ね合いが難しいです。
大量出血
出血を止めるために医療行為が必要になります。多くの場合は子宮内に風船を挿入して内側から圧迫して止血します。また、出血量が多ければ輸血が必要になります。それでも止血できないような場合には、子宮動脈塞栓術や子宮全摘などの追加処置を行うために大きな病院へ緊急搬送する必要があります。
子宮穿孔・損傷
子宮の内側の組織を取り除くことが目的の手術ですが、遺残(取り残し)を避けようとして、しっかりと妊娠組織を取ろうとすると起こりやすくなります。また、帝王切開などにより子宮の壁の一部が薄くなっていたりすると起こりやすくなります。穿孔や損傷が起こった場合、多くの場合は、抗生剤を使って自然に治ってくれるのを待ちます。ただし、数日間の入院が必要になります。様子を見ていても治らないとき、もしくは、様子を見ることが危険だと判断した場合には、開腹手術をして損傷した場所を修復することが必要になります。
経口中絶薬について
話題になっている経口中絶薬について、緊急避妊薬と混同している人がたくさんいます。この二つの薬は全く違うものです。
妊娠した後に使って人工的に流産させる薬(経口中絶薬)と、
セックスした後に妊娠しないように使う薬(緊急避妊薬)です。
今回は、経口中絶薬=薬を飲むことで”人工的に流産”ができる薬についての話です。
経口中絶薬の使用の実際
内服して人工妊娠中絶するためには、2つの薬を使います。二つの薬を使って人工的に流産させるという表現がわかりやすいと思います。
1つは胎児の成長を止める薬(ミフェプリストン)、もう一つは子宮を収縮させて妊娠組織を排出させる薬(ミソプロストール)です。
日本での使い方は、まだ確定していませんが、治験のことを考えると、以下のような運用になるはずで、入院が必要になります。
1日目 外来にてミフェプリストンを内服
3日目朝 入院してミソプロストールを内服
その後は、妊娠組織が排出されたことを超音波検査で確認してから退院。
排出されない場合は、そのまま入院を継続。入院したまま排出を待つのが難しい場合は、人工妊娠中絶手術を行ってから退院。
3日目、つまり入院当日に退院できる可能性は、個人的な印象としては8割程度と考えています。
3日目に排出されたとしても、16時以降の場合には、その後の出血などの経過観察のために、4日目の午前中の退院となります。また、ミソプロストールを内服した場合に、24時間以内に妊娠組織が排出される確率は94%程度です。
8時間程度で排出されないと夜になってしまうので、結果的に当日退院できる人は少なくて、大半の人は翌日退院になります。
そのまま何日も排出されなかった場合には、排出できるまで退院できないことになっています。そのような場合には、早く退院をしたい人は人工妊娠中絶手術をおこなって妊娠組織が取り除かれてからの退院になります。
以上のように、経口中絶薬による中絶は、時間が読めない人工妊娠中絶になります。
そのため、時間に余裕がある人でないと、経口中絶薬を使うのは難しいと思います。
経口中絶薬に関しての、医療現場と一般の認識のずれ
インターネット上では、経口中絶薬がものすごく有効な良い薬で、簡単に人工妊娠中絶できる薬であるような記事が多くなっていますが、現実にはそんなことはありません。どんなものであっても、良い側面と悪い側面があります。
良い側面としては
✅ 手術の合併症がないこと
✅ 麻酔の合併症がないこと
✅ 妊娠組織が出たことが実感できること
などがあると思います。
悪い側面としては、
✅ 時間がかかること
✅ 痛みが強い可能性があること
✅ 出血を見てしまうこと
などでしょうか。
さらに、経口中絶薬については、医療の現場での認識と、一般の人の認識との間に大きなずれを感じています。基礎的な知識にずれがあると議論にならないので、認識のずれの大きそうな部分について書きます。
なお、私個人としては、人工妊娠中絶に対する選択肢が増えることは良いことだと思っており、経口中絶薬の認可は必要だと思っています。選択肢を広げて、本人に選んでもらえるようになることは良いことです。
経口中絶薬を自宅で服用することは『日本では』犯罪!
人工妊娠中絶について語るには、刑法堕胎罪と母体保護法を知っておく必要があります。これを知らずに行動すれば、犯罪者になってしまいます。
刑法堕胎罪とは、『胎児を生理自然の分娩期に先立って、人為的に母体外に排出する行為、または、胎児を母体内で殺す行為』です。自分自身で行った場合は「自己堕胎罪」として懲役1年以下の罪になり、医療者が行った場合は「業務上堕胎罪」として懲役3ヶ月~5年の罪になります。
では、なぜ人工妊娠中絶が日本では可能になっているのか?
それは、母体保護法によって、一定の要件に該当する場合には違法性がないとされているからです。一定の要件とは以下のようなものです。
①胎児が母体外で生命を保続することができない時期に行われること(妊娠22週未満)
②医師会の指定する医師によって行われること(母体保護法指定医師)
③次のいずれかに該当すること
A)妊娠の継続または分娩が身体的または経済的理由により母体の健康を著しく害するおそれのあるもの
B)暴行・脅迫によってまたは抵抗もしくは拒絶することができない間に姦淫されて妊娠したもの
④本人及び配偶者(事実婚を含む)の同意があること
この「妊娠の継続または分娩が身体的または経済的理由により母体の健康を著しく害するおそれのあるもの」、という条件があるおかげで、日本では多くの女性が人工妊娠中絶を選択することができる状況にあります。
そして、この母体保護法の要件を読んでみてもらえばわかるように、経口中絶薬の認可があったとしても、それを一般の人が購入して自宅で使用した場合には、自己堕胎罪に問われます。中絶薬が認可されたとしても,現行法のもとでは病院で使用しないといけないのです。
個人的には、刑法堕胎罪や母体保護法は改正または廃止して、女性が自分自身の体について自己決定ができるように、身を守ることができるように、法整備を勧めていくことが必要だと思っています。ただし、現状では産婦人科医が直接的に何かできることではなく、法律の問題であると言うことを知っておいて欲しいです。
経口中絶薬での人工妊娠中絶には痛みと出血が伴う
経口中絶薬での人工妊娠中絶は子宮収縮剤の内服によって、子宮から妊娠組織を押し出すことになります。
仮に自宅で経口中絶薬を使う場合には、人工妊娠中絶の過程での痛みや出血に関して自分自身で経過を観察して、自分自身で対応することが求められます。人工妊娠中絶が終了したかどうかまで自己判断できることが必要です。これは、異常があれば病院に行くことが普通のことと思っている、日本の一般的な人には結構大変なのではないかと思います。
知り合いの複数の医師から聞いた話です。並行輸入品の経口中絶薬を使った人が、出血や痛みに耐えきれずに救急車を呼んだために、それまで診察したことのない患者を夜中に治療(緊急の人工妊娠中絶手術)をしたことがあるそうです。もし、家で経口中絶薬を内服するようになれば、そういうことがたくさん起こるだろうと思います。
痛みについても、軽く済むような認識があるようですが、それは違います。いつもの月経よりも大きなものを押し出すのですから、当然ですがそれなりの痛みがあります。手術の場合には眠っていて痛みのない状況で行われますが、経口中絶薬での人工妊娠中絶の場合には、ある程度の痛みがあります。もちろん、痛み止めは使えますが、麻酔がかかっている状況とは大きく違います。
また、出血については、手術でも経口中絶薬でも同じようにあります。もちろん、病院内で経口中絶薬を使用する場合には、看護師や医師が処理をしてくれますが、それなりの量が出てくることは知っておいて欲しいです。
経口中絶薬の薬剤費は米国や英国では8万円くらい
経口中絶薬の卸売価格が800円程度という数字が一人歩きしていますが、アメリカやイギリスでの経口中絶薬の販売価格は8万円くらいです。800円ではありません。しかし、これらの国では公的/私的な補助により自己負担がほとんどない場合も多いということです。日本では中絶に関する費用は自己負担となっていて、高額になる場合が多いです。この費用に関しては、公的もしくは私的な支援によって、もっと改善されて欲しいと思っています。しかし、このことは製薬会社が決める薬剤費とは別の問題だと考えています。負担のあり方は日本でももっと改善されることが必要だと思います。
一方で、発展途上国では薬剤の価格が1000円以下の場合も多いようです。しかし、多くの薬剤は先進国で高い値段で販売して、その利益で発展途上国では安く販売できるようにしていたりしているため、一律に値段を比較することは難しいです。なお、日本で製薬会社から病院に販売される経口中絶薬の薬剤価格は、5万円程度と予測されているようです。日本では経口中絶薬に関して入院管理が必要ということを考えると、経口中絶薬による人工妊娠中絶に対しては8-9万円程度の費用が必要になると思います。
さらに、経口中絶薬での人工妊娠中絶が予定通りに終わらなかった場合には、入院が長くなるために入院の費用がさらにかかる可能性があります。また、待機しても人工妊娠中絶が終わらなかった場合には、追加で手術が必要となるため、この場合にはさらに追加費用とするのか、それともそういう場合の費用も考えて元々の基本的な金額を高く設定しておくほうが良いのかが気になります。
https://www.service-public.fr/particuliers/vosdroits/F1551
フランスの状況については、髙崎順子さんのこの記事も読んでみてください。
https://misetemiso.theletter.jp/posts/b1f3e100-b7bb-11ed-92c8-5764737344fc
まとめ
経口中絶薬について、現場の医師として感じていることを書きました。
中絶に関しては、それぞれの国の、文化、歴史、法律などが複雑に絡んでいて簡単ではありません。アメリカで中絶が禁止されている州があることもニュースで知っている人も多いでしょう。非常にデリケートで難しい問題だと思っています。
ここでは、現在の日本での初期の中絶に関わる状況を知ってもらって、同じ知識の上で議論をしてもらいたいと思って書きました。
経口中絶薬が認可されるのは確実だと思っていますが、それですべてが解決するわけではありません。今後も避妊や中絶などに対する関心を持ち続けてもらって、みんなが生きて行きやすい世の中になって欲しいです。